宮沢賢治「注文の多い料理店」の傲慢な紳士のバターミルクフライ 〜塩もみ菜っ葉を添えて〜

すこし行きますとまた扉(と)があって、その前に硝子の壺が一つありました。扉には斯う書いてありました。

「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」

みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。

 食べられちゃえばよかったのに、と少し残念に思ったすべての方へ。パペログ給仕長のパペレオンです。

 本日は、宮沢賢治の不朽の名作「注文の多い料理店」より、「もし山猫軒のオーナーがクッキングに成功していたら」について考えてみたいと思います。

 倒れた猟犬たちが助けに来てくれたことで間一髪、難を逃れた紳士たち。

 しかし助けが来なかった場合、いったいどんな紳士料理ができあがっていたのでしょうか。

 物語の面白さを味わいながら考察したいと思います。

軽佻浮薄なブルジョワジーへの警鐘

 さて(復習を兼ねて)、「注文の多い料理店」はこんなお話でした。

深い山に分け入って猟をしていた二人の紳士。ところが獲物はとれず、連れていた猟犬たちも山の過酷さに耐えきれず倒れてしまいます。
猟を諦めた二人は下山しようとしますが、既に方角がわからなくなってしまいました。
歩き疲れて、お腹はぺこぺこ。
すると、困り果てた二人の背後に突如として立派な建物が出現し、見れば西洋料理店「山猫軒」という札が出ているではありませんか。
もっけの幸いとさっそく入店する紳士たち。
しかし中の様子は何だか奇妙で、くぐってもくぐっても何かしら文言が書かれた扉が出てくるのです。
「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
これはいったいどういうことだろうと話し合いながらも進んでいく二人の前に現れたのは……。

 宮沢賢治は生前、25歳の若さで書いたこの物語について「都会のブルジョワジーに対する地方の若者の怒り」がこめられていると語ったそうです。

 なるほど、彼らが軽佻浮薄で不謹慎な輩だということは、物語の序盤からこれでもかと示されています。

「(中略)早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」

「鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞もうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。」

 狩りについてこんなことを言い合い、獲物が思うように穫れなければ、ふもとの宿で山鳥や兎やらを買って帰ればいいと言う。野山に生きているものを狩ることを、トロフィーを得るゲームくらいにしか考えていないようです。

 さらに、山奥まで付き従ってくれた猟犬たちが倒れたときには損害額を言いあって悔しがる二人。

 大自然への敬意も、生命を尊ぶ姿勢も全く見受けられません。

 そんな彼らですから、「注文の多い料理店」というのを「注文がたくさん入る(=繁盛している)店」と誤解し、奇妙な点や扉に書かれた執拗な指示などもすべて自分たちに都合よく解釈して進んでいきます。

 いわば、自らの傲慢さによって自分自身を窮地へと追いこんでいっているのです。

 そんな彼らの目の前で「注文の多い料理店」の本当の意味が明らかになり、注文する側とされる側、狩る側と狩られる側が逆転する瞬間が鮮やかです。

 豊穣な自然の恵みや、そこに生きる人々の忍耐深さがなければ、都会の一見豊かな暮らしなどたちまちにして崩れ去ってしまうわけですから……。

料理について詳しく

考察

 さて当ブログは「食を通じて書物をより深く味わう」ことをコンセプトにしていますので、本項では鼻持ちならないブルジョワジーたちを用いた料理について考察してみます。

 山猫軒から紳士たちへの多くの注文には、それぞれどんな意味があったのでしょうか。

山猫軒からの注文一覧

  • 髪をきちんとして履物の泥を落とす
  • 鉄砲と弾丸を置く
  • 帽子と外套と靴をとる
  • ネクタイピンや眼鏡などの金物類、特に尖った物を外す
  • 壺に入った牛乳のクリームを顔や手足に塗る
  • 壺に入ったクリームを耳にも忘れず塗る
  • 瓶の中の香水(酢のような匂い) を頭に振りかける
  • 壺に入った塩を体中によく揉みこむ

 最後の「塩を揉みこむ」のところで、食べられるのは自分たちの方だと気づいてガタガタ震えだした紳士たち。

 その次の扉にはナイフとフォークの形が切り出してあって、食べる気満々の青い目玉がこっちを覗いていますから、料理店からの注文は以上の8工程となります。

「それともサラドはお嫌いですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか」

 最後の扉の奥の声はこんなことを言うわけですが、まあこれは二人をからかっているだけで、実際には頭から丸かじりするだけなのかもしれません。

 とはいえそれだけでは面白くありませんから、「西洋料理店」らしく、料理法について考察してみたいと思います。

 まず、前半の4項目は、素材の汚れや骨、ウロコなどを除く下処理のようなもので、調理法にかかわらず必要となる工程と考えられます。

 もちろん、「身なりをきちんとせよ」「鉄砲と弾丸を置け」といった注文は、単に食べやすくするためだけでなく、「大自然に敬意を払え」「面白半分の殺生を止めよ」といったメッセージがこめられているとも解釈できるかもしれません。

 紳士たちは、「えらいひと」が来店しているためドレスコードが厳しいのだと勘違いしていますが、店の奥にいるのは貴族などより遥かに畏敬の念を払うべき存在だったというわけです。

 さらに後半4項目では、下味をつけるなど、料理の骨格にかかわる下ごしらえをしていると思われます。これらについてより詳しく分析してみたいと思います。

クリームを塗る

 硝子の壺に入った牛乳のクリームが用意してありましたね。

 紳士たちは顔に塗るふりをしながらこっそり喰(た)べた、とありますから、ある程度こってりと泡だてたホイップクリームのようなものだったのでしょうか。砂糖は入っていたのでしょうか、いなかったのでしょうか。

 あるいは、ローションのように塗り拡げやすい、ぱしゃぱしゃとした液状だったのでしょうか。

 いずれにしても、肉料理の下ごしらえでクリームを使うというのはあまり一般的ではありません。

 生クリーム以外のコクのある乳製品だったという可能性もあるかもしれません。

酢を頭に振りかける

 紳士たちが金ピカの香水瓶から頭に振りかけたのは、酢のようなにおいの液体でした。

 食酢は食材に酸味を加えるのに使いますが、調理時に使えば肉などを柔らかくします。

 タンパク質を凝固させる作用もあるので、牛乳と混ぜ合わせればカッテージチーズができます。生クリームに加えれば泡立ちを早くし、サワークリームやヨーグルトのような風味を加えることもできます。

 乳製品との組み合わせでいえば、ミルクに食酢を加えて作ると、バターミルクの代用品になります。

 ちなみに、肉の臭みを取ったり、殺菌や防腐に使ったりもできますから、鼻つまみ者のブルジョワジーに対する軽蔑と皮肉がこめられている可能性もあるかもしれません。

塩を揉みこむ

 言わずとしれた、味付け。塩だけのシンプルな調味のようですね。

「山猫軒名物 傲慢な紳士のバターミルクフライ」のレシピ

 これまでの分析を踏まえて、レシピを作成してみました。捕まえた紳士二人をバターミルクチキン風に仕上げています。

【免責事項】
本項でご紹介するのは、物語を新しい角度から楽しんで頂くために作成したジョーク・レシピです。実際に紳士を料理して食べることは推奨していません。鼻持ちならないブルジョワジーは、ちょっとばかり脅かした上で帰してやることをお勧めします!

【材料】

  • 紳士の骨付き肉・・・2本 ※手に入らない場合は鶏もも肉を使っても構いません
  • クリーム・・・・・・1/2カップ
  • 酢・・・・・・・・・少々
  • 塩・・・・・・・・・少々
  • 小麦粉・・・・・・・適量
  • 調理油・・・・・・・適量
  • 菜っ葉(飾り用)・・・適量

【作り方】

  1. 骨付き肉にクリームをよく塗り込む
  2. 酢を振りかけて、代用バターミルクの風味にする
  3. 塩をよく揉みこむ
  4. 小麦粉の上を転がす
  5. 油でからっと揚げる
  6. お皿にのせて菜っ葉を添える
  7. 少し冷ます

【工夫ポイント】

  • 下味用のクリーム、酢、塩を店内に設置し、素材自ら味付けに協力してもらうことで時短に。いくつもの扉を通って長い廊下を進むうちに、肉もしっとり柔らかく。
  • こっくりとした脂肪分は猫の大好物。一方で甘みはわかりませんから、クリームに砂糖は不要です。
  • 本物のバターミルクは生クリームからバターを作るときの副産物として入手しますが、ない場合はクリームと食酢でも代用可能。酢を振りかけることで臭み取りにも。
  • 味付けは塩でシンプルに。猫は辛いものが苦手ですから香辛料は控えめに。お好みにより、マタタビ・パウダーを振りかけるのもお勧め。親方が気分を良くして、骨くらいなら分けてくれるかも?
  • 少し冷ますことで猫舌にも安心。付け合わせの菜っ葉は塩で揉んでおくことで食べやすく色鮮やかに。

終わりに

 以上、宮沢賢治「注文の多い料理店」より、山猫軒の本日のメインディッシュをご紹介しました。

 物質的に豊かな現代の生活。一方で、情報の洪水に呑まれて地に足つかず、大切なことを忘れてしまっている面もあるのかもしれません。

 ある日気がついたら、私たち皆で「西洋料理店 山猫軒」の最後の扉の前に立ちつくしていた、なんてことにならなければいいのですが……。

 さあさあ、「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」!

パペログ給仕長 パペレオン