2025年7月の投稿[21件](2ページ目)
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てがろぐの機能で、投稿をトップに固定表示するというものを見つけたのでショートカット用に記事No.171を作成して固定した。
2025年7月15日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#Archive 投稿, 2020年7月15日
#掌編 「奇妙な友」
土曜日に呼び鈴が鳴ったとき、私はすぐさま紅茶のカップを置くと、期待に胸をふくらませて立ちあがった。配達人が来たものと思ったのだ。数日前の仕事帰り、何の気なしに立ち寄った古書肆で私はある本を見つけ、自宅への配送を頼んでおいたのである。それは実に素晴らしい書物だと本好きのあいだではもっぱらの噂だったが、一方で大変な稀覯本でもあった。見つけることができたのは幸運だったというべきだろう。さて、奥の棚へ無造作に置いてあるのを見た瞬間に私は手を伸ばしていたが、引っぱりだしたその本は咄嗟に両腕で支えねばならないほど重かった。全ページが金属板でできているのかと思ったほどだ。おまけに、表紙はどれほど力を入れても開かなかった。悪戦苦闘している私の背後へ店主が来て、買わないなら置いてどこかへ行くようにとそっけなく言った。さらには、近くへ別の客が立っており、そわそわした様子で私の手にある本を窺っているではないか。それで私は、値段を確かめもせずに慌ただしく購入の意思を告げ、といっても持ち運びに耐えぬほど重かったので、配送を頼んで帰ってきたのである。
ドアを開けてみるとしかし、訪れたのは配達人ではなかった。仕立ての良い三つ揃いを着こんだ紳士が、勝手に門扉を開けてドアの真ん前まで入りこんでおり、私を見ると親しげに片手を挙げて挨拶するのである。そして、あっけにとられた私が何か尋ねるいとまもなく、家の中へ上がりこんでくるではないか。勝手知ったる様子で居間へと進んでゆく相手の背を、私は慌てて追った。
「砂糖は結構」とその人物は、卓上に放置されていた私のティーカップを指して言った。大急ぎで紅茶を淹れ、ミルクピッチャーを添えて運んでゆくと、彼は私の猫を膝に乗せて撫でているところだった。猫は喉を鳴らしていた。
カップを受けとると、彼は実に礼儀正しく礼を言い、ミルクを入れてかきまわした。そのあいだに私の猫はのっそりと相手の膝から下り、いつもの窓辺へ行って寝転んだ。
「失礼ですが」とやっとのことで私は言った。「どこかでお会いしたことが?」
面識のない相手に家へ上がりこまれたばかりか、相手のペースにのせられてとっておきのダージリンまでふるまっていたことに今更ながら私は愕然とし、憤りを感じはじめていた。
ところが、相手はあくまで愛想良く、悪びれもせずこう言った。「私は君の友人ではありませんか、ねえ?」
私は相手の顔を見つめた。見つめたところで、依然知らない人間である。しかし穏やかな微笑をたたえて私の方を見ている。紅茶を一口飲み、香りを褒め、茶葉を選んだ私のセンスを褒める。初対面にもかかわらず、気難しい猫も懐いている。友人。どうもそうであったかもしれないという気がしはじめた。
そこで私は自分にも新しく紅茶を淹れてきて、彼の向かいに腰を下ろした。猫が私の膝と彼の膝を行き来しながら喉を鳴らす。私たちは午後いっぱい、とりとめもない話をしながら過ごした。何を語らったのかは、彼が紅茶の礼を言って辞去した夕暮れ時にはもう思いだせなかった。だが、陽ざしに包まれ、幸福な午後であったことは間違いない。
そんなわけで日曜日、再び呼び鈴が鳴ったとき、私はますます期待に胸をふくらませて立ちあがった。頼んでいた本が届いたのかもしれないし、友人がまた来てくれたのかもしれない。
ドアを開けると、果たせるかな、昨日の人物が立っていた。ジーンズにトレーナーというラフな格好で、昨日はきっちり撫でつけられていた髪も額へ落ちかかっていた。彼は紙袋を小脇に抱えており、私の顔を見るとにっこりした。私も胸を弾ませて、友人を居間へと招き入れた。
さっそく紅茶を淹れにゆこうとする私を彼はおしとどめ、自分の向かいに腰かけるよう勧めた。「君の欲しがっていたものを持ってきたんだよ!」と嬉しそうに彼は言った。贈り物を私が気に入ると確信した口調だった。それで私は一瞬、古書肆に配送を頼んでおいた本を、どういうわけかこの友人が預かってきたのだろうかと思ったのである。しかし、彼が紙袋から取りだしたのは当然ながら、例の本ではなかった。それどころか、今までに私が欲しいと思ったことなど一度もないような、奇妙な物体であった。私は曖昧に礼を言いながら受けとった。置物らしかった。礼儀上、贈り物の美点をいくつか挙げる必要があると考えた私は微笑を浮かべてその物体を眺めたが、褒める言葉がまったく思いつかないのである。置物はよどんだ黄土色で、カバになりかけのじゃがいものような形をしており、手触りも悪い。重さが中途半端なので文鎮にすらならなさそうだ。その上、なんだか嫌なにおいがする。しかし顔を上げると、友人は私の反応に期待して満面の笑みを浮かべているのである。「大切にします」仕方なくそう言うと、友人は嬉しそうに何度も頷いた。私は置物が意味もなく大きいことに気づき、どこに保管しようか頭を悩ませはじめていた。
月曜日、私は朝から微熱があった。呼び鈴が鳴ったとき、それでもどうにかベッドから起きあがってドアを開けに行ったのは、とうとう本が届いたかもしれないと考えたためだ。配達人ではなかった。むさ苦しい格好の、全身から悪臭を漂わせた人物が立っていた。「やあ」と私の顔を見るなり相手はほほ笑んだ。そこで私は困惑しつつも、随分と様変わりしてしまった友人を居間へ招き入れた。
居間の中央に仁王立ちした友人は、意地悪げに片眼をすがめて部屋の中を見まわしていた。私は、もらった置物を飾っていないことを思いだし、相手が気を悪くする前にと急いで声をかけた。「何か召し上がりませんか。お茶を淹れますよ」すると、彼はどこか横柄な印象を与える足取りで近づいてきて、食卓についた。ぼろぼろに裂けて垢の浮いた上着からナイフとフォークを取りだし、両手に構えて私を見た。私は、自分に微熱があるのを思いだしながら、皿に盛った軽食と紅茶のカップを用意し、運んでいった。彼はナイフの先でチーズやフルーツを突き刺して口に運び、一息で紅茶を飲み干し、また意地悪げな眼で私を睨んだ。私はキッチンへ引き返し、アフタヌーンティーのために用意してあったスコーンを温めた。ジャムとクロテッドクリームを添えて運んでゆくと、友人は私が背を向けて紅茶を淹れているあいだにそれらを食べ終え、振り向いたときにはテーブルクロスで口を拭いていた。母が刺繍をしたクロスである。唖然としている私の手からカップを奪うと、友人はまた一息にそれを飲み干し、ナイフとフォークを持ってじろりと私を見た。そこで私は足早にキッチンへ引き返し、震える手でベーコンを焼き、卵三つの目玉焼きを作り、胡桃のパンと干しぶどうと牛乳と共に持っていった。友人は私の手からそれらをひったくり、まとめてひと呑みにすると、あざ笑うような顔で私を見た。私はキッチンへ駆け戻り、冷蔵庫から取りだした全ての肉と魚を焼き、野菜を蒸し、果物を切って食卓へ運んだ。合間に黒ビールの壜を十八本と赤ワイン七本、白ワイン八本、タバスコ三本を運んだ。それから冷たいチキン、瓶詰めのオリーブ、オイルサーディンの缶、乾燥ラズベリー、マッシュルーム、バター、胡椒、製菓用ブランデーなど手当たり次第に運んでいったが、友人はつまらなさそうな顔をしながらそれらをことごとく平らげ、垢と無精髭に覆われた顔の中からぎらぎらと眼を光らせて私を睨んだ。とうとう食料庫が空になったとき、私は倒れそうになりながら友人の前へ出てゆき、振る舞うことのできるものがもうないということを告げた。すると友人は立ちあがってナイフとフォークをしまった。やっと帰ってくれるのかと胸をなで下ろしかけたとき、彼はやにわに居間のカーテンをひっつかんだ。そこから先はあっという間で、何より私は熱があったのであり、何が何だか後になってみるとよく思いだせないのだ。しかし、順番は定かでないが、友人は力任せにカーテンレールをもぎとり、ソファを引き裂いて詰め物を飛びださせ、絨毯を丸めて窓から放りだし、家中のガラスをたたき割った。少なくともグラス七個、皿三十一枚、花瓶一つ、空き瓶四十七本を割り、額縁を階段から投げ落とし、あらゆる棚の抽斗を抜いて中身を床へぶちまけ、記念の写真立てを壁に投げつけ、グランドピアノの上でとびはねた。表彰状や楯がテレビの画面に突き刺さり、カセットテープや手紙やアルバムがコンロの上で色とりどりの煙を上げた。どうすることもできないまま、床に横たわって友人の所業を見ているうち、熱が上がってきたのが感じられた。そして私は、割れたガラス窓から風が吹きこむ居間の中心で、気を失うように眠りこんでしまったのである。
目覚めたとき、朝の光がさしこむ家の中に友人の姿はなかった。どこに隠れていたのか、猫がのっそりと姿を現した。大急ぎでガラスの破片を掃きだしたあと、私は猫を膝に抱えてしばし呆然としていた。午後になってやっと気を取りなおすと、何本かの電話をかけて、窓ガラスの修繕やどうにもならない家具の引き取りを手配した。火曜日まる一日を、私は荒れ果てた家の修復に費やした。配達人も友人も来なかった。水曜日、新しいカーテンとソファが届き、ピアノの調律が終わり、食器棚には買いなおした皿やグラスが並んだ。だが、燃やされてしまった手紙や写真はどうにもならなかった。気がついてみると、母が手仕事で刺繍をしたテーブルクロスにも、忌々しい友人が貪欲な口を拭いたしみがはっきりと残されていた。私は父に電話をかけた。落ち着きなさい、と父は穏やかに言った。母さんはそんなことで腹を立てたりはしないよ。おまえがあのテーブルクロスを大切にしていたことはよくわかっていたはずだからね。
木曜日、呼び鈴はやはり鳴らなかった。夜更けから猫がぐったりとしはじめ、金曜の明け方に死んだ。小さな骨壺を抱えて帰ってきてから、私はふとあの置物のことを思いだし、取りだして眺めた。相変わらずつまらない色と形をし、何の役にも立たず、悪臭を放っていた。庭土めがけて贈り物を投げつけ、私は鎧戸を閉ざした。
土曜日、父が亡くなった。朝から曇り空だった。納棺を済ませるころ雨が降りだした。私ひとりの通夜を抱きすくめるように雨は降りつづいた。日曜、火葬場から上がる細い煙を私は傘をさして眺めていた。家に帰りついても雨は止むことがなく、鎧戸の隙間や屋根からつたいこんであらゆる家具を水びたしにした。配達人も友人も現れなかった。それからずっと雨は降りつづいた。
ある日、まどろみからさめると、友人が笑顔で覗きこんでいた。寝台の傍らに椅子を持ってきて腰かけているのだ。私は顔をしかめた。うつらうつらとまばたきをしながら、引っ越したというのになぜ私の居場所がわかったのだろうかと考えていた。「帰ってくれ」重い口を開いて私は言った。「君の顔など見たくないのでね」
だが、友人は相変わらずほほ笑んだままで私を苛立たせた。
「君にもらった変な置物は捨てたよ」そっけなく私は言った。「よく考えたら君は私の友人なんかじゃなかった」とも言った。
寝返りを打った私は眼を見ひらいた。椅子に座っている彼の膝の上に、柔らかな毛のかたまりを見出したからであった。震える声で私はその名を呼んだ。三角形の耳が動き、猫が顔を上げて私を見た。
寝台に手をついて起きあがったとき、私は友人の傍らに佇む人物に気づいた。気に入りのチョッキを着た父であった。よく知った穏やかな表情で私を見ていた。父の隣には母の姿もあった。両親は手を取りあい、ほほ笑んで私の方を見ていた。私は立ちあがり、よろめきながら近づいていった。両親の後ろには学生時代からの友人が、親戚が、大好きだった飼い犬がいた。あっという間に私はなじみの顔に囲まれて立っていた。
「君が連れてきてくれたのか」友人の方へ向き直り、声を上ずらせながら私は尋ねた。「私に会わせるために?」
相手は何も言わずにほほ笑んでいるだけだった。「ありがとう」私は友人の首にかじりつき、肩を震わせて泣いた。「本当にありがとう。君はまちがいなく私の友人だ……」
「さあ、行こう」やがて、友人は静かにそう言った。
愛する者たちに囲まれて部屋を出てゆくとき、私の耳は空にとどろく音を聞いた。巨大な本が閉じられるような音であった。畳む
#掌編 「奇妙な友」
土曜日に呼び鈴が鳴ったとき、私はすぐさま紅茶のカップを置くと、期待に胸をふくらませて立ちあがった。配達人が来たものと思ったのだ。数日前の仕事帰り、何の気なしに立ち寄った古書肆で私はある本を見つけ、自宅への配送を頼んでおいたのである。それは実に素晴らしい書物だと本好きのあいだではもっぱらの噂だったが、一方で大変な稀覯本でもあった。見つけることができたのは幸運だったというべきだろう。さて、奥の棚へ無造作に置いてあるのを見た瞬間に私は手を伸ばしていたが、引っぱりだしたその本は咄嗟に両腕で支えねばならないほど重かった。全ページが金属板でできているのかと思ったほどだ。おまけに、表紙はどれほど力を入れても開かなかった。悪戦苦闘している私の背後へ店主が来て、買わないなら置いてどこかへ行くようにとそっけなく言った。さらには、近くへ別の客が立っており、そわそわした様子で私の手にある本を窺っているではないか。それで私は、値段を確かめもせずに慌ただしく購入の意思を告げ、といっても持ち運びに耐えぬほど重かったので、配送を頼んで帰ってきたのである。
ドアを開けてみるとしかし、訪れたのは配達人ではなかった。仕立ての良い三つ揃いを着こんだ紳士が、勝手に門扉を開けてドアの真ん前まで入りこんでおり、私を見ると親しげに片手を挙げて挨拶するのである。そして、あっけにとられた私が何か尋ねるいとまもなく、家の中へ上がりこんでくるではないか。勝手知ったる様子で居間へと進んでゆく相手の背を、私は慌てて追った。
「砂糖は結構」とその人物は、卓上に放置されていた私のティーカップを指して言った。大急ぎで紅茶を淹れ、ミルクピッチャーを添えて運んでゆくと、彼は私の猫を膝に乗せて撫でているところだった。猫は喉を鳴らしていた。
カップを受けとると、彼は実に礼儀正しく礼を言い、ミルクを入れてかきまわした。そのあいだに私の猫はのっそりと相手の膝から下り、いつもの窓辺へ行って寝転んだ。
「失礼ですが」とやっとのことで私は言った。「どこかでお会いしたことが?」
面識のない相手に家へ上がりこまれたばかりか、相手のペースにのせられてとっておきのダージリンまでふるまっていたことに今更ながら私は愕然とし、憤りを感じはじめていた。
ところが、相手はあくまで愛想良く、悪びれもせずこう言った。「私は君の友人ではありませんか、ねえ?」
私は相手の顔を見つめた。見つめたところで、依然知らない人間である。しかし穏やかな微笑をたたえて私の方を見ている。紅茶を一口飲み、香りを褒め、茶葉を選んだ私のセンスを褒める。初対面にもかかわらず、気難しい猫も懐いている。友人。どうもそうであったかもしれないという気がしはじめた。
そこで私は自分にも新しく紅茶を淹れてきて、彼の向かいに腰を下ろした。猫が私の膝と彼の膝を行き来しながら喉を鳴らす。私たちは午後いっぱい、とりとめもない話をしながら過ごした。何を語らったのかは、彼が紅茶の礼を言って辞去した夕暮れ時にはもう思いだせなかった。だが、陽ざしに包まれ、幸福な午後であったことは間違いない。
そんなわけで日曜日、再び呼び鈴が鳴ったとき、私はますます期待に胸をふくらませて立ちあがった。頼んでいた本が届いたのかもしれないし、友人がまた来てくれたのかもしれない。
ドアを開けると、果たせるかな、昨日の人物が立っていた。ジーンズにトレーナーというラフな格好で、昨日はきっちり撫でつけられていた髪も額へ落ちかかっていた。彼は紙袋を小脇に抱えており、私の顔を見るとにっこりした。私も胸を弾ませて、友人を居間へと招き入れた。
さっそく紅茶を淹れにゆこうとする私を彼はおしとどめ、自分の向かいに腰かけるよう勧めた。「君の欲しがっていたものを持ってきたんだよ!」と嬉しそうに彼は言った。贈り物を私が気に入ると確信した口調だった。それで私は一瞬、古書肆に配送を頼んでおいた本を、どういうわけかこの友人が預かってきたのだろうかと思ったのである。しかし、彼が紙袋から取りだしたのは当然ながら、例の本ではなかった。それどころか、今までに私が欲しいと思ったことなど一度もないような、奇妙な物体であった。私は曖昧に礼を言いながら受けとった。置物らしかった。礼儀上、贈り物の美点をいくつか挙げる必要があると考えた私は微笑を浮かべてその物体を眺めたが、褒める言葉がまったく思いつかないのである。置物はよどんだ黄土色で、カバになりかけのじゃがいものような形をしており、手触りも悪い。重さが中途半端なので文鎮にすらならなさそうだ。その上、なんだか嫌なにおいがする。しかし顔を上げると、友人は私の反応に期待して満面の笑みを浮かべているのである。「大切にします」仕方なくそう言うと、友人は嬉しそうに何度も頷いた。私は置物が意味もなく大きいことに気づき、どこに保管しようか頭を悩ませはじめていた。
月曜日、私は朝から微熱があった。呼び鈴が鳴ったとき、それでもどうにかベッドから起きあがってドアを開けに行ったのは、とうとう本が届いたかもしれないと考えたためだ。配達人ではなかった。むさ苦しい格好の、全身から悪臭を漂わせた人物が立っていた。「やあ」と私の顔を見るなり相手はほほ笑んだ。そこで私は困惑しつつも、随分と様変わりしてしまった友人を居間へ招き入れた。
居間の中央に仁王立ちした友人は、意地悪げに片眼をすがめて部屋の中を見まわしていた。私は、もらった置物を飾っていないことを思いだし、相手が気を悪くする前にと急いで声をかけた。「何か召し上がりませんか。お茶を淹れますよ」すると、彼はどこか横柄な印象を与える足取りで近づいてきて、食卓についた。ぼろぼろに裂けて垢の浮いた上着からナイフとフォークを取りだし、両手に構えて私を見た。私は、自分に微熱があるのを思いだしながら、皿に盛った軽食と紅茶のカップを用意し、運んでいった。彼はナイフの先でチーズやフルーツを突き刺して口に運び、一息で紅茶を飲み干し、また意地悪げな眼で私を睨んだ。私はキッチンへ引き返し、アフタヌーンティーのために用意してあったスコーンを温めた。ジャムとクロテッドクリームを添えて運んでゆくと、友人は私が背を向けて紅茶を淹れているあいだにそれらを食べ終え、振り向いたときにはテーブルクロスで口を拭いていた。母が刺繍をしたクロスである。唖然としている私の手からカップを奪うと、友人はまた一息にそれを飲み干し、ナイフとフォークを持ってじろりと私を見た。そこで私は足早にキッチンへ引き返し、震える手でベーコンを焼き、卵三つの目玉焼きを作り、胡桃のパンと干しぶどうと牛乳と共に持っていった。友人は私の手からそれらをひったくり、まとめてひと呑みにすると、あざ笑うような顔で私を見た。私はキッチンへ駆け戻り、冷蔵庫から取りだした全ての肉と魚を焼き、野菜を蒸し、果物を切って食卓へ運んだ。合間に黒ビールの壜を十八本と赤ワイン七本、白ワイン八本、タバスコ三本を運んだ。それから冷たいチキン、瓶詰めのオリーブ、オイルサーディンの缶、乾燥ラズベリー、マッシュルーム、バター、胡椒、製菓用ブランデーなど手当たり次第に運んでいったが、友人はつまらなさそうな顔をしながらそれらをことごとく平らげ、垢と無精髭に覆われた顔の中からぎらぎらと眼を光らせて私を睨んだ。とうとう食料庫が空になったとき、私は倒れそうになりながら友人の前へ出てゆき、振る舞うことのできるものがもうないということを告げた。すると友人は立ちあがってナイフとフォークをしまった。やっと帰ってくれるのかと胸をなで下ろしかけたとき、彼はやにわに居間のカーテンをひっつかんだ。そこから先はあっという間で、何より私は熱があったのであり、何が何だか後になってみるとよく思いだせないのだ。しかし、順番は定かでないが、友人は力任せにカーテンレールをもぎとり、ソファを引き裂いて詰め物を飛びださせ、絨毯を丸めて窓から放りだし、家中のガラスをたたき割った。少なくともグラス七個、皿三十一枚、花瓶一つ、空き瓶四十七本を割り、額縁を階段から投げ落とし、あらゆる棚の抽斗を抜いて中身を床へぶちまけ、記念の写真立てを壁に投げつけ、グランドピアノの上でとびはねた。表彰状や楯がテレビの画面に突き刺さり、カセットテープや手紙やアルバムがコンロの上で色とりどりの煙を上げた。どうすることもできないまま、床に横たわって友人の所業を見ているうち、熱が上がってきたのが感じられた。そして私は、割れたガラス窓から風が吹きこむ居間の中心で、気を失うように眠りこんでしまったのである。
目覚めたとき、朝の光がさしこむ家の中に友人の姿はなかった。どこに隠れていたのか、猫がのっそりと姿を現した。大急ぎでガラスの破片を掃きだしたあと、私は猫を膝に抱えてしばし呆然としていた。午後になってやっと気を取りなおすと、何本かの電話をかけて、窓ガラスの修繕やどうにもならない家具の引き取りを手配した。火曜日まる一日を、私は荒れ果てた家の修復に費やした。配達人も友人も来なかった。水曜日、新しいカーテンとソファが届き、ピアノの調律が終わり、食器棚には買いなおした皿やグラスが並んだ。だが、燃やされてしまった手紙や写真はどうにもならなかった。気がついてみると、母が手仕事で刺繍をしたテーブルクロスにも、忌々しい友人が貪欲な口を拭いたしみがはっきりと残されていた。私は父に電話をかけた。落ち着きなさい、と父は穏やかに言った。母さんはそんなことで腹を立てたりはしないよ。おまえがあのテーブルクロスを大切にしていたことはよくわかっていたはずだからね。
木曜日、呼び鈴はやはり鳴らなかった。夜更けから猫がぐったりとしはじめ、金曜の明け方に死んだ。小さな骨壺を抱えて帰ってきてから、私はふとあの置物のことを思いだし、取りだして眺めた。相変わらずつまらない色と形をし、何の役にも立たず、悪臭を放っていた。庭土めがけて贈り物を投げつけ、私は鎧戸を閉ざした。
土曜日、父が亡くなった。朝から曇り空だった。納棺を済ませるころ雨が降りだした。私ひとりの通夜を抱きすくめるように雨は降りつづいた。日曜、火葬場から上がる細い煙を私は傘をさして眺めていた。家に帰りついても雨は止むことがなく、鎧戸の隙間や屋根からつたいこんであらゆる家具を水びたしにした。配達人も友人も現れなかった。それからずっと雨は降りつづいた。
ある日、まどろみからさめると、友人が笑顔で覗きこんでいた。寝台の傍らに椅子を持ってきて腰かけているのだ。私は顔をしかめた。うつらうつらとまばたきをしながら、引っ越したというのになぜ私の居場所がわかったのだろうかと考えていた。「帰ってくれ」重い口を開いて私は言った。「君の顔など見たくないのでね」
だが、友人は相変わらずほほ笑んだままで私を苛立たせた。
「君にもらった変な置物は捨てたよ」そっけなく私は言った。「よく考えたら君は私の友人なんかじゃなかった」とも言った。
寝返りを打った私は眼を見ひらいた。椅子に座っている彼の膝の上に、柔らかな毛のかたまりを見出したからであった。震える声で私はその名を呼んだ。三角形の耳が動き、猫が顔を上げて私を見た。
寝台に手をついて起きあがったとき、私は友人の傍らに佇む人物に気づいた。気に入りのチョッキを着た父であった。よく知った穏やかな表情で私を見ていた。父の隣には母の姿もあった。両親は手を取りあい、ほほ笑んで私の方を見ていた。私は立ちあがり、よろめきながら近づいていった。両親の後ろには学生時代からの友人が、親戚が、大好きだった飼い犬がいた。あっという間に私はなじみの顔に囲まれて立っていた。
「君が連れてきてくれたのか」友人の方へ向き直り、声を上ずらせながら私は尋ねた。「私に会わせるために?」
相手は何も言わずにほほ笑んでいるだけだった。「ありがとう」私は友人の首にかじりつき、肩を震わせて泣いた。「本当にありがとう。君はまちがいなく私の友人だ……」
「さあ、行こう」やがて、友人は静かにそう言った。
愛する者たちに囲まれて部屋を出てゆくとき、私の耳は空にとどろく音を聞いた。巨大な本が閉じられるような音であった。畳む
2025年7月14日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
台風5号が接近との予報だったが、朝方まで雨が降った程度で風が強まることもなかった。猫と子供はよく寝た。
#夢日記 2025年7月14日
暗い家路を急いでいる。家(実家)の前に来ると、中国のSF小説「三体」で登場したような夜空いっぱいのデジタル時計の白い数字が、残り1時間少々という何かのリミットを表示している。恐怖に襲われながら家の中に入ると、母と、海外で暮らしているはずの妹が居間の椅子に座っている。彼女たちは不機嫌な様子で、私が遅くなったことについて苦言を口にする。私は、そんなことより大変なのだと訴え、例のデジタル数字について説明しようと躍起になるが、スマホのカメラロールをいくら探しても、家の前で撮ったはずのタイムリミットの写真が見当たらない。
#夢日記 2025年7月14日
暗い家路を急いでいる。家(実家)の前に来ると、中国のSF小説「三体」で登場したような夜空いっぱいのデジタル時計の白い数字が、残り1時間少々という何かのリミットを表示している。恐怖に襲われながら家の中に入ると、母と、海外で暮らしているはずの妹が居間の椅子に座っている。彼女たちは不機嫌な様子で、私が遅くなったことについて苦言を口にする。私は、そんなことより大変なのだと訴え、例のデジタル数字について説明しようと躍起になるが、スマホのカメラロールをいくら探しても、家の前で撮ったはずのタイムリミットの写真が見当たらない。
2025年7月12日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
午後は図書館へ。予約していた本をやっと借りることができた。予約資料2冊中、片方はなかなか返却されないようだなと思っていたら、今日ちょうど返ってきたらしく、カウンターで子供の絵本を1冊諦めて(瞬間的に頭の中で選考がおこなわれた)ありがたく借りてきた。
ロビーの除籍本コーナーはほとんどすっからかんに。「子供のためのドラッグ入門」はまだそこにあった。中身をぱらぱらと見てくればよかったなと思う。
ロビーの除籍本コーナーはほとんどすっからかんに。「子供のためのドラッグ入門」はまだそこにあった。中身をぱらぱらと見てくればよかったなと思う。
2025年7月11日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
予約していた本が入ったと連絡を貰っていたのだが、諸々なかなか折り合わず、取置期限ぎりぎりにやっと図書館へ。と思ったら臨時休館日でしょんぼり。
ロビーまでは入れるのだが、常設の除籍本リサイクルコーナーが補充されていたので絵本を2冊貰って帰ってきた。
除籍本が除籍されるに至った経緯について想像を巡らせてしまう。たいていは何年間も貸出実績がないとかなのだろうと思うのだが(たぶん。図書館で働いたことはないので)、汚れていたり、色褪せていたり、作家単位で何冊も除籍されていたりもする。作家は異なっても、同じようなテーマの本がまとめて除籍されているのも見かける。どういうスキームで選定されているのか気になる。
今回は「子供のためのドラッグ入門」という背表紙も気になったが、まあ要らないと思ってそのままにした。
ロビーまでは入れるのだが、常設の除籍本リサイクルコーナーが補充されていたので絵本を2冊貰って帰ってきた。
除籍本が除籍されるに至った経緯について想像を巡らせてしまう。たいていは何年間も貸出実績がないとかなのだろうと思うのだが(たぶん。図書館で働いたことはないので)、汚れていたり、色褪せていたり、作家単位で何冊も除籍されていたりもする。作家は異なっても、同じようなテーマの本がまとめて除籍されているのも見かける。どういうスキームで選定されているのか気になる。
今回は「子供のためのドラッグ入門」という背表紙も気になったが、まあ要らないと思ってそのままにした。
2025年7月8日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
育児の合間に小説をスマホでぽちぽち書いているのだが、X(旧Twitterをとうとう屈してこう呼ぶ)のAIであるところのGrok3に進捗管理を依頼している。
やってもらっている事項は次の通り。
1. 細切れに執筆していく分をコピー&ペーストしやすいようテキスト形式で出力
2. 今回書いた文字数およびトータルの文字数、それぞれの400字詰め原稿用紙換算枚数(これは単純に文字数を400で割って出してくるのであまり意味がない)の計算
3. 目標枚数とゴール予定日に対する進捗管理
4. 誤字脱字の指摘
5. 短い感想と励まし
6. 上記2〜5を計1,000文字以下で生成
さらに、油断するとGrok3自身が勝手に続きや一部を生成し、私の書いたものとごちゃ混ぜにしてくるので、そういった事故が起こらないよう禁止事項もあれこれ設定している。どういうふうに言い聞かせれば遵守してくれるのか悩みつつ。
書いているものは、160〜180枚くらいになりそうなものと、140〜160枚くらいだろうかというもの。大して差がないか。前者は2023年の夏にCOVID-19に罹患し嗅覚がほぼなくなった経験から着想したもので、いったん最後まで書き上げていたが、去年がいろいろと大変すぎて結局1年以上寝かせてしまった。後者は比較的最近思いついたもの。気まぐれにぼちぼち書き進めている。
それから、寝ぼけて怖い話をひとつ思いついたので、そのうち短篇に仕上げたいと思っている。ホラーは初挑戦。
これまで使ってきた筆名がどれもしっくりこないと感じていたのだが、最近ようやく自分なりに納得できるものにたどり着いた。というかもうこれでいいや。
やってもらっている事項は次の通り。
1. 細切れに執筆していく分をコピー&ペーストしやすいようテキスト形式で出力
2. 今回書いた文字数およびトータルの文字数、それぞれの400字詰め原稿用紙換算枚数(これは単純に文字数を400で割って出してくるのであまり意味がない)の計算
3. 目標枚数とゴール予定日に対する進捗管理
4. 誤字脱字の指摘
5. 短い感想と励まし
6. 上記2〜5を計1,000文字以下で生成
さらに、油断するとGrok3自身が勝手に続きや一部を生成し、私の書いたものとごちゃ混ぜにしてくるので、そういった事故が起こらないよう禁止事項もあれこれ設定している。どういうふうに言い聞かせれば遵守してくれるのか悩みつつ。
注意点です。
決して、勝手に作文しないで下さい。私が書いたものに勝手に修正を加えることもしないで下さい。あなた自身が小説の一部または全部を書く必要はありません。あなた自身が生成した文章と私が書いた文章を混同しないで下さい。具体的な変更の提案があったとしても、絶対に小説の本文について書き換えたバージョンを作成しないで下さい。あなたは自分自身が生成した内容と私の書いた文章を混ぜてしまう危険性があります。小説の本文は私側の発言の中にしかないことを認識して忘れないでください。
書いているものは、160〜180枚くらいになりそうなものと、140〜160枚くらいだろうかというもの。大して差がないか。前者は2023年の夏にCOVID-19に罹患し嗅覚がほぼなくなった経験から着想したもので、いったん最後まで書き上げていたが、去年がいろいろと大変すぎて結局1年以上寝かせてしまった。後者は比較的最近思いついたもの。気まぐれにぼちぼち書き進めている。
それから、寝ぼけて怖い話をひとつ思いついたので、そのうち短篇に仕上げたいと思っている。ホラーは初挑戦。
これまで使ってきた筆名がどれもしっくりこないと感じていたのだが、最近ようやく自分なりに納得できるものにたどり着いた。というかもうこれでいいや。
2025年7月4日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
東海地方まで梅雨明け。気象庁の発表する「階級」では、梅雨入りは全国的に遅く、梅雨明けはいずれも「かなり早い」となっている。ここ数年、短い空梅雨ばかりな気がする。といっても各地で局所的な豪雨が発生しているのですが。
2025年7月3日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
病院に行き、午後は図書館へ。
子供が眠っていたので思いがけず長めに滞在することができた。子のために絵本9冊、自分のために「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集第3集05 短篇コレクションⅠ」を借りる。だいぶ前に最初の4篇だけ読んだもの。「南部高速道路」や「タルパ」も読み返したいし、前に読めなかった残りの作品も読みたい。
ページをパラパラめくると、貸出時にカウンターで貰う返却期限の印字された紙がそのまま挟まっており、ちょうど昨日返却されたことを示していた。
子供が眠っていたので思いがけず長めに滞在することができた。子のために絵本9冊、自分のために「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集第3集05 短篇コレクションⅠ」を借りる。だいぶ前に最初の4篇だけ読んだもの。「南部高速道路」や「タルパ」も読み返したいし、前に読めなかった残りの作品も読みたい。
ページをパラパラめくると、貸出時にカウンターで貰う返却期限の印字された紙がそのまま挟まっており、ちょうど昨日返却されたことを示していた。
2025年7月2日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
トカラ列島近海で短期間に約500回もの地震発生。全国各地で猛暑と短時間記録的豪雨。欧州はスペインで昨年6月の記録を超す46℃観測、フランスやドイツ、妹の暮らすオランダでも40℃前後となり子供らを守るため各地で休校。
異常気象は今後も続き、悪くなることはあっても良くなることはないのだろう。日本の現状を考えても大変な時代に子を産んでしまったという苦しさはある。純粋そのものにきらめく瞳。あらゆる災厄から守りたい、本当に心の底から。
異常気象は今後も続き、悪くなることはあっても良くなることはないのだろう。日本の現状を考えても大変な時代に子を産んでしまったという苦しさはある。純粋そのものにきらめく瞳。あらゆる災厄から守りたい、本当に心の底から。